2018/02/20

月玉子、お母さんになる。③

それまで通っていた西洋医学の大学病院に加えて東洋医学の漢方にも頼りながら嚢胞の治療と不妊の検査・治療を進めていくことに決め、体質を改善して自然妊娠することを目指し始めました。


しかし、ついに西洋医学の医師から「おそらく自然妊娠は無理」「次の段階(人工授精)に踏み切るべき」と宣言されてしまい、淡々と「次の段階」についての説明を受け、どうしますか?と問われました。


丁度読んでいた聖書の言葉から確信を得て、更に「自然妊娠は出来る」という漢方医の言葉に力づけられて進み始めた矢先だったので突然のもう無理宣言に多少動揺しつつも、医師から無理と言われたからといって自分で「無理」と決めるのはまだ早い、と思いましたが、実はその「次の段階」には私にとって魅力的に感じる面もありました。それは多胎妊娠(双子や三つ子など)の可能性がかなり上がることです。

もともと双子ちゃんに憧れがあったし、嚢胞は取ってもほぼ確で再発する事が分かっていたので「子供に兄弟がいるのが理想だけど、もし、一度で二人同時に産まれてくれればその後に嚢腫を取るタイミングなど悩まずに済んで合理的なのでは…?!」と考えて、双子が欲しいなと思っていたからです。笑

なので正直すこし気持ちは揺らぎそうになりましたが、時間がかかっても根本から体質を改善する方が自分の身体にとって必要な事だと思えたし希望を感じていたので、その場で「時間をおいてもう少し考えたい」と伝えました。まだ高齢では無いとはいえなるべく早いに越したことはないとのことで、早く次の段階に進んだ方がいいと思う旨は念を押されましたが、嚢胞の状態をチェックしつつ、漢方薬と食事制限などしながら祈りにこたえられるときを待つ時間を持つことに決めました。


つづく


















2018/02/19

月玉子、お母さんになる。②


さて、突然の腹痛からの入院で子宮内膜症と4~5㎝サイズのチョコレート嚢胞がある事が分かり、またそれによって不妊になっている可能性がある事を知ってから。


地獄のような痛みで死ぬかと思った事で、自分の人生を走馬灯のように思い返すみたいなことが起きて、私は早く天国に行きたいな~っていつも思っていたけど、実際死ぬのかと思ったらちょっとこのままじゃこの世でやらなきゃいけない事に本気で取り組んでなさ過ぎて、大事な人たちに伝えなきゃいけない事を伝える努力もしてなさ過ぎて「天国に行っても神様に顔合わせできなくない?!まだ死ねない…」と思いました。これは私にとってすごく良かったことだと思います。ちょっとここから気合入れなおして本当に大事な事を伝える為に生きていかなきゃって、改めて決心できたから。



嚢胞は毎月の生理のたびにサイズアップしてしまうというので、「直ぐに専門の外来を探して嚢腫の手術をしてもらおう!」と考えました。そして子宮内膜症外来のある大きな病院へ行ける事になりました。

けれど受診してみると、早く手術をすれば解決すると思っていたほど単純なことではなく、子供を授かりたいという願いがある以上は色々な治療の選択肢やそれらのタイミングの決め方があって、どうしたいか、どうするかは自分の決断に任されるところが大きいのだという事が初めて分かり悩みました。

悩んだ要素をいくつか挙げると…


・手術をすれば排卵を邪魔するものが無くなるので受精の可能性が高まるが、4~5年で再発する人が多く、早い人では2か月で再発してしまう事も。(妊娠を希望しない場合は嚢胞がサイズアップしないように薬で生理を止める事もできるが、希望する場合は術後なるべく早くに妊娠したほうが良い)

・手術をすると卵巣を大きく削ることになるので卵子の数がごっそり減る。全摘出しなきゃいけない場合もある。つまり、卵子の数は限られているのでチャンスの回数は確実に減る。(リミットは近づいてしまう)

・嚢腫は右側だけとは限らず、開けてみないと分からない。手術してみたら左右にあるという事が分かる可能性や卵管が詰まっている事もある。(その場合、両方を取ってしまうか片方残すか…)

・嚢腫の問題以外にも不妊かどうかの検査をしてみてから、手術をする前にできる事を試して自然妊娠の可能性にかけていくのもあり(妊娠できれば生理も止まるので子供が生まれるまで嚢胞がサイズアップすることはないため)


手術をして嚢胞を取ったらすぐに妊娠できたという人もいて手術を勧める人もいるし、卵巣を削るリスクがあるので慎重にした方がいいという人もいるし、6㎝というサイズは手術すべきサイズと考える医師もいればまだ大丈夫と考える医師もいる微妙なサイズで、何をどういう順番で優先したらいいんだろうと、頭を整理するのが難しかったです。


私は初めは家族と相談してやっぱり手術を優先しようと決めてそのように病院に伝え、予約がいっぱいで4か月先くらいにしかとれなかったのですが1度予約を取ることにして、それまでの間は嚢腫が大きくならないように薬を飲むことになりました。

けれど、どうしてもその決断に自信は無くて、色々なリスクについて調べたり考える内に、やはり先に不妊検査をして嚢胞が危険なサイズになる前にできる事をできるだけやってみたほうが良いのかも知れないと思い直し、手術の予約をキャンセルすることにしました。そこからまず不妊検査と不妊治療のための通院が始まりました。


検査は恥ずかしいし痛いし何もかもが辛くて、そんなに自分がキツくなるとは想像できなかったので、耐えられるように祈って祈って、でも毎度の内診泣いていました。沢山の採血には慣れもしたけれど、一番恐ろしかったのは卵管造影検査でした。あれは何と例えたらいいんだろう…。謎の液体を体内に注入されながら真っ裸で宇宙に投げ出されてパーンて破裂して人体が粉砕する寸前みたいな痛み…って感じかな…。(白目)嚢胞発見のきっかけとなった地獄みたいな腹痛で死を感じた時、事故とかそういう外からの痛みは別として内側の痛みの中であれ以上のものってあるの?くらいに思ったけど、宇宙で破裂寸前みたいなののがその何百倍もしんどかったです。いっそ殺して下さいってくらい。あれはもう一生やりたくないです。(卵管の詰まり具合で人によって痛みに差はあるそうなのでこれは私個人の感想ですが)


検査は一つ一つ進んでいきましたが嚢胞のある場所は相変わらずちょいちょい痛むし、この病院に決めたことも手術を後回しにすることも自分で決めたのに、というか自分で決めたからこそ、その選択が正しいのか未だに確信がなくて、色々とググればググるほど迷いが出てきて、それでも自分で選んで進んでいくしかないし、でもこんな思いをして頑張っても子供が与えられるかどうかなんて分からないなんて…とか、あ~正解が欲しい~確信が欲しい~とか、毎日ぐるぐる考えながら祈っていました。

そんな中、毎日読んでいる聖書でヨシュア記のある箇所に当たった日、ズドンと心に一つのアイディアと確信が与えられました。それは、このまま西洋医学の病院での検査を続けながら、同時進行で東洋医学の治療も受ける事でした。


昔お世話になっていた漢方医の先生が「物事には陰と陽、つまり影(裏)の部分と光(表)の部分があって、医療において東洋医学は陰であって、西洋医学でどうにもならない部分を陰でサポートする役割だ」ということを言っていました。そのことがヨシュア記の7,8章を読んだ時に「恐れてはならない。おののいてはならない」「あなたの手に与えた」「あなたは町のうしろに伏兵を置け」という言葉に重なってハッとして、なんとなく不安だった自分の治療の戦略に確信を得たような気がして、その先生を頼って漢方の治療も始める事に決めました。

事情を話すと「よく思い出してくれたね」と先生は喜んでくれて、「身体の問題を解決していけば、自然な方法で妊娠出来るようになる」とのことでした。私も過去に自分の病気から立ち直れた恩人の先生なのでなんだかやっと安心しました。漢方で処方された薬はとんでもなく不味かったし、更に乳製品や甘い物(果物も!)など食事に制限を与えられて(それも私の好きなものばかり)それまでの1か所の通院に加えて負担は増したけれど、心は平安でした。


しかし、そんなこんなで半年が過ぎた頃、西洋医学の方の医師からついに
「ここまでの経過でできなかったのでもう自然妊娠は難しい。次の段階に進んだ方が良いと思います。」と宣言されました。次の段階とはつまり人工授精に踏み切るということです。



づく









2018/02/13

月玉子、お母さんになる。①

先日SNSでもご報告しましたが、私もついにお母さんになります。「これはもしや今まで無かったナースメイドとしてのスキルアップになるかしら。あらやだメイド力上がっちゃう…?!?!(*ノωノ)」とか一人でのんきなことを考えていますが、実際産まれたらてんやわんやでお見せできない姿になるのかなあ…(・ω・)/それでも私、一生メイド宣言していますし、制作活動、個展やメイドのお茶会も続けていくつもり。気合です。

お母さんになりますってさらっと報告するだけにしようかなとも思ったのですが、色々あってやっと叶ったことなので、自分の記録の為にこれまでの経緯や気持ちはブログに残しておこうと思いました。


22歳と、思えわりと若くに結婚したので余計にそうなのかもしれないのですが、新婚ってラブラブハッピーって思われます。でも私の場合は正直、新しく他人(夫)と家族になっていく作業だけでもなかなかに大変なことだと思い知る日々。夫婦って一生かけて作っていく関係なんだな…(白目)という感じで最初の数年は良きユニットになる為、互いを知り合い折り合いをつけたり自分が変わる努力の日々で、まだ新メンバー加入はちょっと現実的ではなかったし、好きな仕事や趣味や夢の為に勤しむ日々の中、いつかは家族が増えたらいいなとは思いつつも、結婚してすぐに子供が欲しいとは思いませんでした。家庭と学生時代がなかなか大変だったので、学生を卒業して結婚して自分の居場所ができ、大人の自由!最高!!!と、やっと自分の人生を楽しめるようになったからというのもあります。

女性として身体的に年齢が上がるほどに妊娠の確率が下がったり・出産のリスクが上がる事などについても、あまり深く考えることなく、(まだ20代だし周りの友達も子持ちどころか既婚者も少ない。まだまだ余裕かな~!)と、のんきにしていました。

ところがどっこい(笑)
実際のところ私は不妊のリスク持ちだったのです。


所謂新婚時代も過ぎ、そろそろ家族に新メンバーが増えるのも楽しめそう!という余裕がうまれ、「子供を授かりたい」と願い始めて2年ほど経った頃、忘れもしない2016年11月3日。

突然、地獄のような腹痛で一晩中もがき苦しむ事態発生。昔からよくおなかは痛くなるし、前年も腹膜炎で入院したりと、痛みの経験はある方だと思っていたけれど、あまりの痛さとその終わりの無さに、生まれて初めて(え、死ぬのかな…??????)と思いました。


翌朝、そろりそろりと歩く微かな振動でも激痛という状態だったため、ちょうど仕事がお休みだった妹が予定をキャンセルして付き添ってくれ、近所の内科へ行くもおそらく婦人科系の症状だろうということで大きい病院に回されることとなり、そのまま入院。

結果的にこれが何だったのかというと一応診断では骨盤腹膜炎という事でした。(私の場合は性感染症はという事はまずあり得ないので検査でもやはり全くそういう原因は出ず、骨盤腹膜炎だとしたら結局なんでなってしまったのかはよく分からないですが)おそらくその前の年の腹膜炎での入院もただの腹膜炎ではなく、子宮や卵巣などの炎症による骨盤腹膜炎だったのだろうと思います。その時はまさか婦人科系の病気とは疑いもしませんでした。これはほんとうに後悔先に立たずです。

というのも、そこから、子宮内膜症と、卵巣にチョコレート嚢胞が見つかったからです。チョコレート嚢胞のほうは2つ連結して4~5㎝サイズになったものと、他にも小さなものがありそうだという事でした。内膜症はよく不妊の原因になると言われていて、チョコレート嚢胞ができている場合は特にだそうです。2年ほど前から子供を望んできましたが、なかなか授からなかった理由の一つは友達が流産してしまい精神的にまいっていたのでそのショックを支えなければいけない事態となったため、とりあえず1年は自分の事は後回しにしようと決めたことだったのですが、自分の身体自体にも不妊の原因があったという事をその時初めて知ったのでした。そして嚢胞は10㎝までいくと癌になる可能性がわりとあるので、6㎝を越えたら手術して取る事が多いそうでこの時私のサイズはとても微妙でしたが「診断を骨盤腹膜炎とした今回の痛みの原因はおそらく嚢胞が捻転して穴が開いて中身が漏れたとか嚢胞が破裂したとかが考えられるのではないかと思うが実際はよくわからない」との事でした。嚢胞はまだ癌化してはおらず、様子を見ながらどうするか考える余裕のある段階だったことは幸いでした。


そんなこんなで、この病気の発覚をきっかけにそれまで「いつかは~」とのほほんと構えていた私は「子供を授かりたい」という願いを自分の中で再認識し、様々な検査を受けながら治療の方法やタイミングについて模索していく日々が始まったのでした。

つづく














2018/01/09

■2017年寄付金について…


2016/11/24~2017/12/31までのSHALOM!webshopまた、月玉子ののこ名義での活動の売り上げのうち、10%を本日「国境なき医師団」の活動の為に寄付させて頂きました。合計金額は3557円でした。

3000円は「栄養治療食」にすると約300食分、「基礎医療セット」にすると120人分となります。寄付金はロヒンギャ難民、ナイジェリア、シリア、中央アフリカへの援助やその他緊急支援のために用いられます。国境なき医師団のHPはこちら(http://www.msf.or.jp/

私のささやかな活動の売り上げは本当に微々たるものですが、自分に与えられているものを必要な人に分け合う気持ちをもって、応援して下さる皆さまのお気持ちに感謝しつつこれからも続けていきます。













SHALOM!
月玉子ののこ

2017/06/13

七転び八起きばっかりだよ!

すこし前に友達の一人が、自分がチャレンジしたことについて「今出せる最高のものは出せた」「後悔しないように行動できたことは財産だ」と話してくれて、それって本当にすごいなって、自分のしてきたことに自信をもてて、「後悔が無い」って言いきれるってどんな感じなのか、自分には全く想像がつかなくて、ただただ感心した。ほんとにその子が目標に向けて努力したことは全力だったんだなあって。



正直、私は後悔することってたくさんある。

自分あの時手を抜いたよな…とか、あの時粘ってれば…とか、人の目や人の言葉をおそれて意思を貫けなかったな、とか、周りに頼る事が下手くそだったな、とか。その上、目標を達成できなかったくせに「これでよかったんだよ」なんて、無理やり納得したふりしてカッコつけたな~、とか。そういうすごいダサい自分が恥ずかしい現実。勿論そういう気付きも含めて結局は無駄な事なんて無いのかもしれない。けど、何かにチャレンジする時は決まって周りに迷惑かけたりもしたし、だから自分でそんなフォローはしたくない。私の場合は、後悔することがあるんだからしっかり後悔しなきゃと思う。

私が最近はまっているきゅうりのっけパンです。


色々チャレンジと失敗繰り返してきて、問題はいつだって後悔した後の姿勢なんだと気づくようになった。(おそい)後悔したままくたばるのか、前に進もうとするかが常に問われる。あとは、ちゃんとごめんなさいを言えるかどうかも鍵になって来るってこととか。そんなの当たり前なんだけど。くたばって気力なくしちゃってる状態に浸ってしまう場合ってあるし、間違えたり失敗したときにごめんなさいを言えないと進めない事って絶対ある。訓練だと思う。後悔にならないように一つ一つのときに丁寧に判断していけるようになろう。


いちいち後悔してカッコ悪い自分、それでも理想を諦められなくてもがいてるダサい自分を、私はまだ続けてしまいそうだし、自分なりの最高のパフォーマンスでやれたとか後悔はないとか言える時が来るかはわかんないけど、何度転んで後悔しても諦めの悪さと信じる気持ちによって走り続けるしか、たぶんできない。


人の優しさに助けられてる。たくさん。けど「親しき仲にも礼儀あり」って、心に留めておきたい。ちゃんと心遣いに対して自分も形にして返すこと。甘んじてはいけないこと。



とりあえず、今私がチャレンジしてることは絵を描いたり物作りをし続ける事と、レンタルカフェを使った人の居場所づくり。これをどんな風に形にしていけるか、続けていけるか…七転び八起きしながらも進めていきたいと思います。



初めてだからドキドキ…




2017/06/10

【告知】7月15日1Dayカフェ開催のお知らせ

久々のお知らせです。

この度、場所をお借りして、念願のカフェを開くことになりました。
お店の名前はEsse(エッセ)。

7月15日(土)池袋グレイスカフェにて 




詳細
 



2017/05/15

資格を取ってきました。


先日、朝早くから満員電車で押しつぶされて涙目になりながら、都内某所で開催される食品衛生責任者の講習会に行ってきた。


会場の受講者は200人くらい。


といっても、一日講習を受ければ取れる資格なんだけど。それでも欲しいなと思ってから5年くらい取りに行けずにいたの。なので念願の資格。

実は今年に入って色々と今後の事を考える中で一つ 「まずは月1でカフェを開く!」 というチャレンジを決めたので、それに伴ってね。今までも飲食業は色々経験してきたのである程度の知識も経験もあるけれど、より安全に誠実にお客様にお仕えするには、やっぱりこの資格は持っていたいよね!という思いがあり、取得に至りました。タイミング。


講習は9:30~16:30で長かったけど、教科書網羅するのには時間が足りないからとの事で、講師の方は主要な事をメインに説明して下さってたから、そんなに内容は多くなかったし、試験も難しくなかった。自分で後から勉強し続ける事と定期的に保健所の講習会に参加するのが大事だなあと思った。だってあの講義だけじゃ絶対内容足りないもん…。


さあ、でも一応これで私は場所さえあればカフェが開けるし、レンタルカフェやレンタルキッチンでイベントをする際に管理者が居なくても自分で衛生に関することの判断ができるのだ。

イエエエエエエイ!!!!!


手帳ゲット!


そんなわけで最近は主にカフェの準備をしたり、いつも通り絵を描いています。
絵はカフェでも展示します。小さいサイズのを少し。

ツイッターではちょっとお知らせしたけれど、近々ちゃんと告知する…!





これは母からもらった可愛らしい英国菓子の本。著者はあの紅茶のカレルチャペックの山田詩子さんです。夜寝る前にこういう本を眺めながらいろんなイメージを膨らませたりしています。