2014/10/02

平和について考える



皆さんSHALOM!

さて、9月はやっと「SHALOM!」の企画も動き始め、イメージ撮影は3回行ってきました。

1回目の撮影で旗を持ってくれたのはツノガアル☆でもモデルとして参加してくれていた江藤香凛ちゃん。

















色んな撮影でモデルを務めている彼女ですが本人いわく、自分は自分のことを「モデル」と思っていないのだそう。そのまま自然体で等身大の自分が写真の中に入る、という「撮影」の一連の作業は、彼女にとって「作業」ではなく「生活」なのだということかなぁと想像します。
(香凛ちゃんどうでしょうこの解釈で合ってるでしょうか…)

そんな、写真に映ることをライフワークとしている女の子。
私が決めていたSHALOM!で最初の撮影イメージは「夏の終わり、終戦」でした。


 


ドラマティックな夏の終わりの空模様。
空を覆っていた雲が風に流されて青空が覗き、太陽の光が旗を照らしました。 
香凛ちゃんの表情や立ち姿 にちょっとじーんとしてしまう写真です。



撮影の帰り道、原発の話になり香凛ちゃんの口から忌野清志郎さんの名前が出ました。
『キヨシローはさ、放射能いらねえって、長生きしてえって歌ってたのにね…』


今まで知らなかった「好きなアーティスト」という香凛ちゃんとの共通点に嬉しい気持ち。

そう、忌野清志郎さんは私がSHALOM!を企画しようと思ったときに心の中でぽんと背中を押してくれた存在でした。「アーティストの表現する自由は、表現する責任だ」
私が最初に強くそう思ったのは彼のこの文章を読んだときでした。



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忌野清志郎「瀕死の双六問屋」




 没原稿その2
日本国憲法9条に関して
人々はもっと興味を持つべきだ

……
時々ムカつくけど、ガキみたいにキレるわけにもいかない。
そうさ、俺はもうオヤジだからな。
ガキの頃はよくキレていたよ。
今の画一化されたキレ方じゃないけどね。
みんなキレまくってムカついていた。

地震の後には戦争がやってくる。

軍隊を持ちたい政治家がTVででかい事を言い始めてる。
国民をバカにして戦争にかり立てる。
自分は安全なところで偉そうにしているだけ。

阪神大震災から5年。


俺は大阪の水浸しになった部屋で目が覚めた。

テレビをつけると5ヶ所ほどから火の手がのぼっていた。
「これはすぐに消えるだろう」と思ってまた眠った。
6時間後に目が覚めると神戸の街は火の海と化していた。

この国は何をやっているんだ。


復興資金は大手ゼネコンに流れ、神戸の土建屋は自己破産を申請する。

これが日本だ。
私の国だ。

とっくの昔に死んだ有名だった映画スターの兄ですと言って返り咲いた政治家。

弟はドラムをたたくシーンで俺はロックン・ロールじゃありませんと自白している。
政治家は反米主義に拍車がかかり、もう後もどりできやしない。
そのうちリズム&ブルースもロックも禁止されるだろう。

政治家はみんな防衛庁が大好きらしい。

人を助けるとか、世界を平和にするとか言って実は軍隊を動かして世界を征服したい。
俺はまるで共産党員みたいだな。
普通にロックをやってきただけなんだけど。
そうだよ、売れない音楽をずっとやってきたんだ。
何を学ぼうと思ったわけじゃない。
好きな音楽をやっているだけだ。
それをなにかに利用しようなんて思わない。
せこい奴らとは違う。

民衆をだまして、民衆を利用して一体何になりたいんだ。

予算はどーなっているんだ。
予算をどう使うかっていうのはいったい誰が決めているんだ。
10万円のために人を殺すやつもいれば、10兆円とか100兆円とかを動かしている奴もいるんだ。

いったいこの国は何なんだ。

俺が生まれて育ったこの国のことだ。
君が生まれて育ったこの国の事だよ。

どーだろう、……この国の憲法第9条はまるでジョン・レノンの考え方みたいじゃないか?

戦争を放棄して世界の平和のためにがんばるっていってるんだぜ。
俺たちはジョン・レノンみたいじゃないか。
戦争はやめよう。
平和に生きよう。
そしてみんな平等に暮らそう。
きっと幸せになれるよ。


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前回はこのSHALOM!という企画をするにあたっての経緯などHPに記した内容をブログにも書いたわけですが、まずこの企画のきっかけとなったのは集団的自衛権の行使が閣議決定されたことです。

この国は戦後69年。来年で70年の年月が過ぎようとしています。その間日本が戦争を行うことはなかったわけですが今も世界のあちこちで戦争は行われ続けており、今後は日本もまた、自国や協力関係のある国を守るためには武力行使を用いて戦争に参加することが認められたので、これからは確実に、再び戦争の時代へと向かって進んでいくのは間違いないと、私は思っています。

「そんなまさか」「馬鹿らしい、考えすぎだ」そう笑う人もいます。
それに対抗して議論しようとは思わないのですが、ただ、私はそういう未来を危惧しながら、もっと世界を、そして自分自身の心をよく見つめなければ…と思っているのです。





もしも、これから本気で戦争する時代に突入したら、空とか陸とか海で殺し合うだけに留まらず、サイバー戦争、宇宙戦争の時代であるし、今の核爆弾がどこかで落とされた場合、広島の時とは比べ物にならない世界範囲での被害になるでしょう。

 昨年、核戦争防止国際医師会議が「長期間にわたり核保有国同士の対立が続くインドとパキスタンの戦争で核戦争が起こり広島型原爆100発相当の核爆弾が爆発した場合」を想定したケースの報告書を発表した際に、その被害は単に紛争国だけのものではなく世界規模となる事、核爆発が生み出した黒い灰は、はるか米国にまで届き、世界の気温が低下することで食糧生産にも多大な影響を与え、20億人が餓死することになるという報告がされたそうです。


もう、そんな規模、想像もつかない。もしそういう未来が待っているのなら今、こんなちっぽけな一般人がなにか叫んだところで何がどうなる問題でも無いなぁと思います。なるようにしかならない。…けれどこのまま進めば確実に日本は戦争に参加することになり、つまりそれは「私」が戦争に参加することになるということ。誰かの大切な人を奪い、涙を流させる。私が。

そんなのは嫌だ。

戦争に対して心で屈したくない、平和を望み続けたい
ならばその思いを、表現する自由と責任はやっぱり、ある。 


国がこの先どういう選択をし進んでいこうとも、私は戦争を放棄し続ける。キヨシローがキヨシローらしく、恐れずに歌い続けたように、私も私らしく。


そういう気持ちで私は「SHALOM!」の旗をつくりそれをたくさんの人に掲げてもらうこと、そして 「SHALOM!」と挨拶し続けると決めたのです。




ちっぽけな一人の
ちっぽけな声
拙い表現かもしれないけれど。



ちいさくたって、構わない。






「今日も、明日も、あなたに平和がありますように。」

月玉子ののこでした(´・△・`)ノシ♡