2018/02/13

月玉子、お母さんになる。①

先日SNSでもご報告しましたが、私もついにお母さんになります。「これはもしや今まで無かったナースメイドとしてのスキルアップになるかしら。あらやだメイド力上がっちゃう…?!?!(*ノωノ)」とか一人でのんきなことを考えていますが、実際産まれたらてんやわんやでお見せできない姿になるのかなあ…(・ω・)/それでも私、一生メイド宣言していますし、制作活動、個展やメイドのお茶会も続けていくつもり。気合です。

お母さんになりますってさらっと報告するだけにしようかなとも思ったのですが、色々あってやっと叶ったことなので、自分の記録の為にこれまでの経緯や気持ちはブログに残しておこうと思いました。


22歳と、思えわりと若くに結婚したので余計にそうなのかもしれないのですが、新婚ってラブラブハッピーって思われます。でも私の場合は正直、新しく他人(夫)と家族になっていく作業だけでもなかなかに大変なことだと思い知る日々。夫婦って一生かけて作っていく関係なんだな…(白目)という感じで最初の数年は良きユニットになる為、互いを知り合い折り合いをつけたり自分が変わる努力の日々で、まだ新メンバー加入はちょっと現実的ではなかったし、好きな仕事や趣味や夢の為に勤しむ日々の中、いつかは家族が増えたらいいなとは思いつつも、結婚してすぐに子供が欲しいとは思いませんでした。家庭と学生時代がなかなか大変だったので、学生を卒業して結婚して自分の居場所ができ、大人の自由!最高!!!と、やっと自分の人生を楽しめるようになったからというのもあります。

女性として身体的に年齢が上がるほどに妊娠の確率が下がったり・出産のリスクが上がる事などについても、あまり深く考えることなく、(まだ20代だし周りの友達も子持ちどころか既婚者も少ない。まだまだ余裕かな~!)と、のんきにしていました。

ところがどっこい(笑)
実際のところ私は不妊のリスク持ちだったのです。


所謂新婚時代も過ぎ、そろそろ家族に新メンバーが増えるのも楽しめそう!という余裕がうまれ、「子供を授かりたい」と願い始めて2年ほど経った頃、忘れもしない2016年11月3日。

突然、地獄のような腹痛で一晩中もがき苦しむ事態発生。昔からよくおなかは痛くなるし、前年も腹膜炎で入院したりと、痛みの経験はある方だと思っていたけれど、あまりの痛さとその終わりの無さに、生まれて初めて(え、死ぬのかな…??????)と思いました。


翌朝、そろりそろりと歩く微かな振動でも激痛という状態だったため、ちょうど仕事がお休みだった妹が予定をキャンセルして付き添ってくれ、近所の内科へ行くもおそらく婦人科系の症状だろうということで大きい病院に回されることとなり、そのまま入院。

結果的にこれが何だったのかというと一応診断では骨盤腹膜炎という事でした。(私の場合は性感染症はという事はまずあり得ないので検査でもやはり全くそういう原因は出ず、骨盤腹膜炎だとしたら結局なんでなってしまったのかはよく分からないですが)おそらくその前の年の腹膜炎での入院もただの腹膜炎ではなく、子宮や卵巣などの炎症による骨盤腹膜炎だったのだろうと思います。その時はまさか婦人科系の病気とは疑いもしませんでした。これはほんとうに後悔先に立たずです。

というのも、そこから、子宮内膜症と、卵巣にチョコレート嚢胞が見つかったからです。チョコレート嚢胞のほうは2つ連結して4~5㎝サイズになったものと、他にも小さなものがありそうだという事でした。内膜症はよく不妊の原因になると言われていて、チョコレート嚢胞ができている場合は特にだそうです。2年ほど前から子供を望んできましたが、なかなか授からなかった理由の一つは友達が流産してしまい精神的にまいっていたのでそのショックを支えなければいけない事態となったため、とりあえず1年は自分の事は後回しにしようと決めたことだったのですが、自分の身体自体にも不妊の原因があったという事をその時初めて知ったのでした。そして嚢胞は10㎝までいくと癌になる可能性がわりとあるので、6㎝を越えたら手術して取る事が多いそうでこの時私のサイズはとても微妙でしたが「診断を骨盤腹膜炎とした今回の痛みの原因はおそらく嚢胞が捻転して穴が開いて中身が漏れたとか嚢胞が破裂したとかが考えられるのではないかと思うが実際はよくわからない」との事でした。嚢胞はまだ癌化してはおらず、様子を見ながらどうするか考える余裕のある段階だったことは幸いでした。


そんなこんなで、この病気の発覚をきっかけにそれまで「いつかは~」とのほほんと構えていた私は「子供を授かりたい」という願いを自分の中で再認識し、様々な検査を受けながら治療の方法やタイミングについて模索していく日々が始まったのでした。

つづく